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無一文から大逆転『インスタントラーメン』の生みの親「安藤百福」の激動の人生

日本で生まれたインスタントラーメン。いまや世界中で1000億食消費されている、日本の『発明』です。

そんなインスタントラーメンの生みの親、安藤百福。彼の人生は波乱万丈なものでした。

若くして実業家として活躍

1910年3月5日台湾で生まれた安藤百福。幼い頃に両親を亡くし、兄2人と妹と共に、呉服屋を営む祖父母に育てられました。

祖父母の働く姿を見て商売の面白さに目覚めた安藤。

22歳で日本製メリヤスを台湾で販売する会社を設立します。

事業は軌道に乗り、翌年には大阪に進出。青年実業家として頭角を現していきます。

時代は第2次世界大戦期。その影響で多くの事業を失った安藤ですが、めげる事なく、戦後は学校設立やバラック住宅の製造や製塩事業などに注力しました。

戦時中には妻・政子と結婚します。

人生の絶頂からどん底へ

実業家として成功を収めた安藤ですが、40代半ばで人生最大のピンチに見舞われます。

1957年、自身が理事長を務めていた信用組合が破綻。一夜にして全てを失いました。

しかし「失ったのは財産だけ。経験は血肉となって身に着いた」と割り切り、再び自分を奮い立たせました。

インスタントラーメンを作ろうと思ったきっかけ

安藤がインスタントラーメンを作ろうと思ったきっかけは、大阪の闇市で見た光景だそうです。

戦後の食糧難の時代、寒空の中一杯のラーメンを求める行列を見て、「やっぱり食が大事なのだ。食がなければ衣も住も、芸術も文化もあったもんじゃない」と感じたそうです。

そして自分が無一文になって食べ物にも困るようになった時、それを思い出してインスタントラーメンの開発に挑戦しました。

インスタントラーメンの開発

1957年、インスタントラーメンの開発に着手した安藤でしたが、その施設はとても粗末なものでした。

10平方メートルほどの小さな小屋に中古の製麺機、そして1メートルの中華鍋。

そんな中、安藤は1年間丸1日も休むことなく研究を続けました。

睡眠時間はたったの4時間。死に物狂いの日々でした。

5つの目標

安藤はインスタントラーメンを作るにあたって5つの目標を立てました。

おいしくて飽きの来ない味である事。

家庭の台所でも常備できる保存性。そして調理に手間がかからない事。

そして値段は安く、安全で衛生的である事。

しかし麺に関しては全くの素人だった安藤。試作品を作っては捨てるという日々が続きました。

山のように試作品を作っては廃棄する日々。そんな事を繰り返しながら、安藤はようやく理想的な配合にたどり着きました。

この時安藤は、「食品とはバランスだ。食品の開発は、たった一つしかない絶妙なバランスを発見するまで、これでもかこれでもかと追及する作業だ」と悟りました。

てんぷらをヒントにチキンラーメンは完成した

麺を長期間保存するにはどう乾燥させるのか、お湯をそそいですぐ食べられるようにするにはどうしたらいいのか。

この保存性と簡便性の実現こそがインスタントラーメンの壁でした。

ある日安藤が台所へ行くと奥さんがてんぷらを揚げていました。

熱い油の中に入れられ、鍋の中で泡を立てながら水分をはじく天ぷら。

安藤はひらめきました。早速麺を油で揚げてみると、麺の水分が油で弾き出されました。

これによりほぼ乾燥状態となった麺は、半年置いても変わらない保存性を得ます。

しかも簡便性の問題もこの製法で解決します。

こうしてインスタントラーメンの製造技術である「瞬間油熱乾燥法」のヒントが発見され、1958年8月25日、世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」が発売されました。

チキンラーメン大ヒット

麺に鶏ガラや香辛料を煮詰めたスープを染み込ませ、お湯をそそいで2分で食べられる。

チキンラーメンは「魔法のラーメン」として爆発的にヒットしました。

政子夫人は安藤に「どうせやるなら日本一のラーメン屋さんになってください」と激励しました。

それに応えるかのように日清食品は創業5年で年商43億円の企業へと成長しました。

カップヌードル誕生

チキンラーメンから13年後、61歳になった安藤は「カップヌードル」を発明しました。

カップヌードルのヒントは66年の米国市場視察の時。

チキンラーメンを現地のバイヤーに売り込んだところ、スーパーの仕入れ担当者たちが麺を2つに割って紙コップに入れて、お湯を注いでフォークで食べ始めたのです。

安藤はこれを見て食習慣の壁を超えることが世界進出のカギになると考えました。

そして5年の開発期間を経て、カップヌードルを発売しました。

カップヌードルとあさま山荘事件

こうして満を持して発売されたカップヌードルでしたが、値段が高い事が災いして売り上げは伸びませんでした。

そんな中、日本にある大事件が起きます。

それは「あさま山荘事件」。日本中がテレビの前で釘付けになった事件です。

極寒の地で警察機動隊員たちが美味しそうに麺をすする姿が何度もテレビに映し出された結果、人気に火がつく事になりました。

インスタントラーメン宇宙へ

晩年になっても製品開発の第一線に立ち続けた安藤。

91歳の時、宇宙食の開発を宣言。自ら陣頭指揮をとり、宇宙食ラーメン「スペース・ラム」の開発に取り掛かりました。

「スペース・ラム」は無重力状態でもスープが飛び散らない、麺を一口サイズにするなど様々な工夫を凝らして完成。

「スペース・ラム」は2005年、ディスカバリー号と共に宇宙へ。

野口聡一宇宙飛行士は「地球で食べるインスタントラーメンの味がびっくりするぐらい再現されている」と絶賛しました。

ミスター・ヌードル

2007年1月初出式で全社員を前に訓示を行っていた安藤でしたが、1月5日に体調を崩し、帰らぬ人となりました。96歳でした。

死因は急性心筋梗塞でした。この知らせは瞬く間に世界中に広がりました。

アメリカのニューヨークタイムスは「ミスターヌードルに感謝」と題した社説を掲載しました。

「人生に遅すぎることはない」と90歳を越えても現役を貫いた人生でした。

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