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非暴力・不服従でインドを独立に導いた人物。マハトマ・ガンディー

マハトマ・ガンディーはインド独立運動の父として知られ、非暴力・不服従の思想でインドを独立へと導きました。

マハトマとは「偉大なる魂」という意味です。多くのインド人から愛され、生誕150年を迎えた今年、盛大な記念式典も行われました。

そんな国民から愛される「独立の父」ガンディーはどのような人だったのでしょうか。

不良少年だったガンディー

「偉大なる魂」とも称されたガンディーでしたが、少年時代はそんな尊称とは真逆の不良少年でした。

小学校の時は成績も素行も悪く、不良仲間とつるんでは、タバコを吸ったりそのお金を召使いから盗んでいたりもしました。

またヒンドゥー教で禁止されている肉食も繰り返したりと、かなり手が付けられない不良でした。

そんなガンディーはインドの古い習慣にのっとって、13歳の時に結婚しています。

18歳でイギリス留学

不良少年だったガンディーも18歳の時にはインドを出てイギリスに留学。法廷弁護士になるため猛勉強しました。

そして23歳で憧れの弁護士資格を取ると、ロンドンの王立裁判所の法廷に立つなど活躍。

そんなガンディーに南アフリカでの仕事が舞い込みました。

南アフリカで差別を受け、活動家として目覚める

南アフリカに渡ったガンディーでしたが、そこに待っていたのは白人優位の人種差別でした。

ある日の事、プレトリアへ鉄道で行こうとしたガンディー。しかし、鉄道の一等車への乗車を拒否され、荷物も放りだされてしまいました。

諦めずに鉄道に乗ろうとしたガンディーでしたが暴力を振るわれる始末。

この事がガンディーの人生にとって大きなターニングポイントとなりました。

その後権力に屈しない手段として「非暴力」「不服従」の思想を人々に広めていきます。

ガンディーの活動家としてのスタートはインドではなく南アフリカが最初だったのです。

南アフリカでの運動

しかし南アフリカでの人種差別はさらにエスカレート。

「インド人の選挙権を奪う」「指紋登録をさせ自由に出入りできないようにする」などメチャクチャな法案をだしました。

これにガンディーは真っ向から立ち向かいました。有名な非暴力不服従運動です。この運動は「サティーヤグラハ」と呼ばれました。

自由と平等を訴え続けたガンディーはトランスバールという場所でもデモをします。このデモでガンディーは投獄されてしまいました。

しかし非暴力不服従運動は止まりません。ストライキの人数は5,000人を超え、多くのマスコミや白人を味方につけました。

20年にも及んだ運動は実を結び、議会は法令を廃止。自由を勝ち取ることに成功しました。

インドに帰国し、独立運動を起こす

1915年インドに帰国したガンディー。今度はイギリスの圧政に苦しむインド人の生活を目の当たりにしました。

南アフリカでの経験から、国民議会を中心とした「インド独立運動」に参加したガンディー。

それを重く見たイギリスは1919年「ローラット法」を定めます。これは言論の弾圧を目的とした法律でした。

これに対してガンジーは「非暴力不服従運動」の指導者として、ストライキやイギリス製品の不買運動を展開。

この活動によってインド人のイギリスへの独立心が芽生え、やがて大きな力となっていきます。

塩の行進

次第に大きくなる独立運動。イギリスは植民地はやめるがイギリスの自治領ならいいよ、と提案しました。

当然そんな提案は受け入れられるはずもありません。

1930年ガンディーは弟子を連れ、ボンベイ州にあるダンディ海岸へデモ行進をしました。

当時インドでは塩が自由に作れませんでした。ガンディーはあえてその法律を破り各地の海岸を訪れます。

これがかの有名な「塩の行進」です。

ガンディーの向かうところ多くの民衆が集まり、その行進は400Kmにもなりました。

この行進を止めようと、400人ものイギリス警官が突入。しかしガンジー一行は誰も反抗せず、デモ行進を続けました。

この行進の翌年、インド総督アーウィンはガンディーと交渉しました。塩の製造許可、政治犯の釈放を条件に運動の中止を求めるという内容でした。

今まで一方的に搾取、弾圧され続けたインド人が交渉の場に立った。これはまさに大きな一歩でした。

インド独立。そしてガンディー暗殺される

第二次世界大戦によって国力が弱まったイギリス。インドへの統治力も失っていきました。

そん中イギリスはインド国民軍を反逆罪とし、裁判にかけると言い出しました。インドを守った人たちを守るため、ふたたびガンディーは独立運動を開始。

この運動は瞬く間にインド中に広がり、1947年8月15日にジャワルハルラール・ネルーが独立を宣言、インド連邦が成立

しかし、イスラム教国家であるパキスタンとの分離独立という形になりました。

これによってヒンドゥーとムスリムの対立が激化、それを止めるためにガンディーは断食をしましたが、これが悲劇を招いてしまいます。

この行為がヒンドゥー原理主義者の目には、ムスリムにすり寄っているように見えてしまったのです。

そしてインド独立の翌年、ガンディーはヒンドゥー原理主義者に暗殺されてしまいました。

他国からの独立を求め、戦い続けたガンディー。しかし、もともと一つの国だった者の手によって暗殺されてしまうという、なんとも悲しい最期をむかえてしまいました。

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