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キューバ革命の指導者「チェ・ゲバラ」の生涯

「キューバの英雄」と呼ばれ、かのジョン・レノンにも「世界で一番かっこいい男」といわしめた革命家、チェ・ゲバラ。キューバの街を歩くとTシャツや壁など至る所に彼の肖像画を見る事ができます。

チェ・ゲバラは何故ここまでキューバ国民に愛されているのか?今回はチェ・ゲバラの生涯について解説していきます。

生い立ち

1928年、アルゼンチン第二の都市ロサリオに生まれたゲバラ。

本名は「エルネスト・ゲバラ・デ・ラ・セルナ・リンチ」

「チェ」は彼の母国アルゼンチンで使われるスペイン語であり、「やぁ」などと言った砕けた話し方で、ゲバラは初対面の人に度々この言葉を使っていた事からキューバ人に面白がられ、「チェ・ゲバラ」と呼ばれるようになりました。

プエノスアイレス大学で医学を学びながら、オートバイで南大陸を回る旅に出たチェ・ゲバラ。そこで貧困や差別といった「不平等」を目の当たりにした彼は、「中南米の開放」を志すようになりました。

大学卒業後、ボリビアの革命集団に参加。革命政権がクーデターで倒されると、今度はグアテマラの革命に参加。しかし、革命は失敗し、チェ・ゲバラはメキシコに逃れます。

メキシコへ逃れたチェ・ゲバラは同じくキューバからメキシコへ亡命していたカストロと出会います。カストロの理念に同調たチェ・ゲバラは、キューバ解放の為の戦いに身を投じます。

キューバという国

キューバ革命を語る前にキューバという国を説明したいと思います。

キューバは15世紀にコロンブスにより発見されました。そしてスペインによる植民地化が進みました。過酷な労働とスペインから持ち込まれた病気により多くの死者が出る悲惨な状況でした。

19世紀になると植民地生まれの「クリオーリョ」達が独立運動を開始。1902年に悲願の独立を果たしましたが、それはアメリカの保護国としてでした。

莫大なアメリカ資本によって発展したキューバ。しかし、それは一部の人間だけが富を独占る、貧富の格差が大きい社会でした。

キューバ革命

第二次世界大戦後にクーデターにより政権に復帰したフルヘンシオ・バティスタ。彼はアメリカの援助を受けながら独裁体制を強いていました。

これに対してフィデル・カストロとチェ・ゲバラを中心としたグループが武装闘争を起こします。これが「キューバ革命」です。

アメリカの保護を受けたバティスタ政権に革命軍はゲリラ戦で対抗。当初は軍医として参加していたチェ・ゲバラでしたが、冷静な判断力や誠実さなど高い才能を認められ、反乱軍の中心人物となっていきます。

そして1959年12月29日首都ハバナを占拠。バティスタがドミニカへ亡命したことにより、「キューバ革命」は達成されました。

政治家へと転身。しかし…

革命後、通商大使としてアジア、アフリカ、東欧などを訪問したチェ・ゲバラ。行く先々で熱狂的な歓迎を受けたそうです。

帰国後は 農業改革機構工業部長および国立銀行総裁に就任。 農地改革や企業の国有化を進めました。

1960年8月6日、カストロがアメリカ資本の企業を接収、国有化すると、アメリカはキューバに経済封鎖を行い、翌年キューバへ侵攻。

しかしチェ・ゲバラはカストロと共にこの侵攻軍を撃破。この事件後の5月1日、カストロはキューバ革命の社会主義革命化を宣言しました。

10月に工業相に就任したチェ・ゲバラは経済封鎖による資源不足、社会福祉事業の無料化により経済がひっ迫する中「生産効率の低下は人々の献身的労働によって補える」と言い、自ら積極的にボランティアに参加しました。

しかし経済が好転することはなく、理想主義者なゲバラは段々と孤立していくことに。

そして1965年、「第2回アジア・アフリカ経済会議」でソビエトを非難。これがソ連の逆鱗に触れ、「ゲバラをキューバ首脳陣から外さないと物資の援助を削減する」と通告されてしまいます。

これを受けてチェ・ゲバラはカストロに一線を退く事を伝え、キューバを離れました。

世界中で革命を指導、ボリビアでの最期

コンゴ共和国に渡ったチェ・ゲバラは現地で革命を指導。しかしコンゴ兵達の士気の低さに落胆します。さらに喘息に苦しめられるなど不運に見舞われ、キューバへと秘密裏に帰国。

その後、南米における革命の拠点を作るべくカストロの命により1966年ボリビアへ。

ゲリラ部隊を率い反政府活動を行うも上手くいかず、1年近い闘争の末1967年10月8日、ボリビアのイゲラ村で捕まり、翌日銃殺刑により処刑されました。

ゲバラの死後

処刑されたチェ・ゲバラはボリビアの軍医により、両手が切り落とされました。これは指紋照合で本人かどうかを確認するために行われました。

遺体の方はというと、他のゲリラ兵と共に集団墓地に埋葬されたため、行方不明になっていました。

処刑されてから28年後、チェ・ゲバラの遺体がボリビアのバジェグラン市にある滑走路に埋められていると判明。

大規模な捜索の末、両手が無い事が決め手となり197年7月に掘り出された遺体がチェ・ゲバラ本人であると確認。

現在はキューバのサンタ・クララにある彼の巨大な銅像の基部に埋葬されています。

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